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タバコの健康被害を医学的に解明してくれ

屋内禁煙法が議論されてるけど、床面積30平方メートル未満のスナックやバーはOKとか、喫煙ブースは設置OKとか、そんなフワフワした法律にしようとするから、愛煙/嫌煙者両方から文句がでる。当然飲食店側は売上減リスクから反対。居酒屋と焼鳥屋は家族連れも来るからNGで、焼肉屋は在日特ア問題になるから触らんとこうとか、ダメなルール決定の見本みたいだ。

 

そもそも法律の目的がはっきり見えてこない。

  1. 東京オリンピック対策?(開催地や有名観光都市だけで良いのでは?日本人観光客すら来ない、名もない田舎の居酒屋まで禁止するか?)
  2. 嗜好品としての好き嫌いを尊重?(好き嫌いを他人に強制するのは間違ってるから法律で分煙を徹底すれば良いのでは?)
  3. 健康被害(受動含め)を防止?(そもそも具体的なエビデンスが有るなら国が責任もって全面禁止すべき。国民の健康が損なわれるのに趣味嗜好のレベルではない。大麻覚醒剤みたいに。)

どれもこれも織り交ぜていこうとするあたりに、無理を感じる。それにどれもこれも、全面禁止を納得させるだけの理由が見えない。ハッキリと「この目的で、こういう理由で禁止(制限)します!」って言えばいいのに。

 

僕は喫煙者だ。でも人が嫌がる場所では吸わないようにしてるし、高級寿司店で吸おうとも思わない(せっかくの味が分からなくなる)。健康に良いこととはさすがに思わないけど、そのあたりがはっきりしないし、一部の統計やデータもポジショントークの域を出てなくて、禁煙までには至っていない。体に悪いものなんて他にも幾らでもありそうだ。アルコール、ファストフード、スナック菓子、インスタント食品、清涼飲料水、背脂こってりラーメン、激辛料理、等々。それでも本人がリスクとリターンを判断して飲食しているんだ(自己責任ってやつ)。「タバコが体に悪いと感じてるけどストレス解消にもなるから自己責任で吸ってます」これは問題ないはず。でも煙にもタバコ成分が含まれるから、公共の場とか飲食店では禁煙にするか、少なくとも分煙にしましょうね、それはお店の判断(売上云々も店側の自己責任)ですよ、これではダメなのか?

全面喫煙OKには僕は反対の立場です。

 

すでに触れてるけど、タバコにストレス解消などのメリットがあるとしても、健康被害の恐れがあって、今回の法案のように趣味や嗜好を無視したルールを作るなら「国が責任をもって」国の研究所や病院などで徹底的に因果関係を調査してほしい。そしてその結果を日本国のオフィシャルにしてほしい。大切なのは「恐れ」のままにしないこと。個人差とかで有耶無耶にしてほしくない。違法薬物扱いしなくてはいけないほど健康被害があるかも知れないのに、税収目当てや選挙対策で誤魔化さないでほしい。そして、できればタバコ大好きな研究者やお医者さんたちが調べてほしい。偉い人たち、どうかお願いします。

きっとアレが本当の強さなんだ

今日、さっき、駅前でのもめごと。ハタチ前後の酔った若者と、五十代後半のお父さん(多分)。

文句あんのかゴラア!!

ぶち殺すぞ!ゴルアアアア!!

若者は巻き舌で絶叫し、お父さんは怯えながら何度も謝るように頭を下げていた。遠目にいた僕はもちろん理由も知らないんだけど、

あーこれはヤバい。と思って止めに入ろうと思った矢先、若者のローキックがお父さんの膝あたりに入った。

 

お父さんは崩れ落ちて地面に這ってしまった。若者はまだ何かわめいている。ようやく立ち上がったお父さんは、ビジネスバッグを抱えて一目散に逃げ出した。

若者はその場から動かなかった。僕はホッとした。何があったか知らないけど、お父さん逃げてーー!という気持ちだった。

ところがあろうことか、若者がお父さんを追いかけだした。いよいよヤバいと思って、僕も若者を追って走った。

お父さんは走るのが遅いし、それこそ何十年も走ることなどしてなかったであろう後ろ姿は、お世辞にもスタイリッシュではなかった。

僕なりの全力ダッシュでなんとかお父さんが捕まる前に、追い付いて後ろから思い切り突き飛ばした。若者は前にゴロゴロとこけた。若者は何か喚いていたけど、酔っていたせいか座り込んですぐに立ち上がる様子もなかったので、僕はそのまま立ち去った。

 

お父さんは逃げ切れた。良かった。見ず知らずの若造に怒鳴られて蹴られたけど、お父さんは逃げるという選択をした。恐怖心もあったかも知れないけど、それだけじゃ無かったと思う。

お父さんはとっさに家族や会社のことが頭をよぎったんだと思う。自分がこの年になって大怪我したら、どれだけ家族が悲しむか。もしかしたらボッコボコにされて会社に行けなくなったら?死んでしまったら?家族の暮らしはどうなる?

 

お父さんはすごかった。公衆の面前で辱めを受けながらも、きっと家族を守ったんだ。逃げたんじゃなくて、自分と戦って勝ったんだ。本当の強さを見た気がする。逃げることが逃げることじゃないなんてすごいよ、お父さん。

いくつになっても男の戦闘本能そのものは消えない。僕は四十代半ばだけど、体は衰えても気持ちはそのままだ。ラグビーをやっていたせいか分からないけど、少々の打撃系に怯むこともない。だからもし絡まれたのが僕だったら逃げる選択はできなかった気がする。そして若者にたこ殴りされて大怪我したんだろうなあ。

 

誰かの言葉で「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きる資格がない。」というのがあるけど、今日のお父さんは強くて優しかった。もしかしたら膝を怪我してたかも知れないけど、きっと家族には、駅でつまづいて転んだとか言うんだろうな。で、奥さんに、もう年なんだからしっかりしなさいよ!とか怒られるんだろうな。かっこ良すぎだよ、お父さん。

話題の宗教、ついでに思ったこと。

社会公共に迷惑をかけずに幸せに生きれるなら新興宗教でもいいと僕は思ってる。○○の○○だって、気持ち悪いと思ってしまうけど、人の自由だから特に意見もない。

我が家は仏教だ。でもお墓がお寺にあるから、というだけのことで、開祖の教えを四六時中ナムナムしているわけではないし、むしろなにも知らない。でも、人を救い、人を律し、人を幸せにするのなら、そんな宗教に出会ってみたいと割とマジメに思ってる。

とても悲しいことだけど、僕のことを真っ直ぐに想って僕に注意してくれたり、アドバイスをしてくれる人は1人もいない。せいぜいスピード違反で切符をくれる警察官や、喫煙所でプカプカしてる僕をウジ虫でも見るかのような熱い眼差しで、僕の健康を気遣ってくれる年輩女性くらいなものだ。みんな素直じゃないんだよなあ、すごく遠まわし。だから人を頼ったり救いを求めるのは無理だとあきらめてる。
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そんな僕にピッタリの宗教はないものか。条件は3つ。

  1. 信仰対象が人間ではないこと。生きていようが死んでいようが、美食を貪っていたり女体にまみれていたり大量の札束の風呂に浸かっている姿を想像もしたくない。
  2. お金がかからないこと。どんなに自発的にお布施や賽銭をしたくなっても、絶対に受け取ってくれないどころか、ゲンコツが飛んでくる位が良い。
  3. 組織化されてないこと。部長、課長、係長みたいのがあると、結局人間同士になってしまうから嫌。信仰対象があれば良い。

僕は心の拠り所がないから、どこか危なっかしい。「お天道様が見ているぞ」以外の心の引き締めが欲しいし、「人生最後はとんとん」以外のご褒美や納得感も欲しいんだ。

頭で心はコントロールできない


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頭で考えた通りに体が動いて、やるべきことを全部やれたら、僕の悩みはほぼ無くなる。体は脳からの指令で動くはずなんだけど、僕の「心」が邪魔をするんだ。僕はシンドイことが大嫌い、だから心がシンドイことから僕を守っているとも言えるわけだ。しかし、

 

男にはやらねばならぬ時がある。

心がささやく。

  • ファミコンちょっとだけやろうよ!
  • ベストテンに石川ひとみが出るよ!
  • 夏休みはまだ一週間もあるよ!
  • なあに、やる気になればすぐ終わるさ!

この甘いささやきに何度も負けそうになったし、というより実際負けた。そんなとき僕の母親は素晴らしいライフハッカーだった。

 

鉛筆を削りなさい。

僕は小学校までは鉛筆を使っていて、しかもナイフで削るというギャートルズばりのエコライフを送っていたのだ(写真そのもの)。この鉛筆削り作業はなかなか楽しい。丸くなったり芯の折れた先をバランスよくナイフで削っていくのだ。深く削り過ぎて芯を折ってしまったり、やたらと芯先を長くしてしまったり。黄金比ともいえるフォルムで削れたときの快感はいまだに憶えている。そしてその鉛筆を見つめているうちにムラムラとした謎の感情に襲われたのだ。

 

なんだこの気持ちは....?

まさか....書きたい........のか?

この尖った鉛筆を....先端を....どこかにこすりつけたい!

そうだこの先端が丸くなるほど紙にこすりつけてやるんだ!

徹底的にこすりつけてやる!

もう今夜ばかりは許すもんか!

紙はないのか!紙は!!

 

気がつくと僕は一心不乱に漢字ドリルに大量の「ぎょうにんべん」を書いていたのだ。

 

強引にまとめるよ。

やるべきことを直接やろうとするのではなく、関係はないけど無関係とはいえない作業にまず没頭してみる。できれば悪魔的快感の伴うものがよい。

そしてどさくさに紛れて、あるいは勢いで、ついでにやってしまうのだ。シンドイことに少しでも心を向けてしまうと、奴は必ず邪魔をしてくるからそこは要注意だ。

 

勉強が始められない時の類似のライフハックも教えよう。

消しゴムを消しながら、カスをやたらと長く繋げる作業がオススメだ(まるでリンゴの皮を途中切らずに剥ききるように。できれば30cm超級が望ましい)。未経験者は是非一度チャレンジしてほしい。不思議な快感に酔いしれるはずだ。

実はこの作業にはコツがあって、なにも書いてないノートのうえで消しゴムを擦るより、びっしりと鉛筆で書き込んだ文字を消す方がなぜか消しカスが切れずに繋がりやすいのだ。気がつけばこれまでせっかく書いた漢字ドリルの半分は白紙に戻っているだろう!

.....そんなときは鉛筆を削るんだ。

 

 

モノゴトを成すに必要な時間

僕は長い目で考えるタイプだ。そんなに簡単に(短期間に)願いが叶うと思わないし、紆余曲折、浮いたり沈んだり、泣いたり笑ったり、それでもあきらめずに向かい続けるからこそ何かが成せるものだと思ってる。それで成せたら運がいい、とさえ思ってる。僕は世の中を甘く見れてないし、自分をそんなにデキる子だとも思ってない。

一生を賭けて、というのは極端にしてもそれなりの大きな、それなりに素敵な未来や環境を作るには、少なくとも5年、並みの能力、並の生まれなら10年くらいはかかるんじゃないだろうか。

スピード社会でもあるし、短期間で億万長者が生まれたりもする社会なのもわかってる。それでもそれが自分に当てはまるとは思えない。半年や1年であきらめてしまったり、見切ってしまうのは、本当にもったいないと感じてしまうのだ。

限られた人生を無駄にしたくないという考えも理解できる。でもそれは「無駄である」ことがハッキリわかる場合で、未来が見える神様でない限りは、そうそうないはずだ。本人が「無駄である」と思ってるだけで、それこそ神様から見たら「もうひとつ角を曲がれば、もう100段登ったら、展望がひらけるのに・・・」と思って残念がっているのではないだろうか。

あきらめることを唯一の選択肢だと確信してしまって、せっかく登りはじめた階段を捨てて、また別の階段をいちから登るのは本当に正しいのだろうか。選び直したその階段でさえ、またあきらめたくなることにならないだろうか。

 

石の上にも三年

雨垂れ石を穿つ

 こんな言葉は今時流行らないとしても、物事の真理は変わらないのではないか。それぞれの価値観、というキラーワードで全てを片付けてしまう世の中、それがそれぞれの心に「正しいもの」として植え付けられていることになにか恐怖さえ感じる。

僕は ”何かを成し遂げた人” の話や経験を読み聞きするたびに思うことがある。

「よくもまあ、そこであきらめなかったものだ」「普通、その状況なら他の道を選ぶのに・・・」

大多数の人がレーンチェンジャーな世の中だからこそ、耐え忍びながらゆく人がやがて果実を味わうのでは、と思うところがある。

 

人の行く裏に道あり花の山

 ちょっと違うかな。

 

僕はこの道、この階段が本当に正しいのか分からない。予知能力もない。だからこそ僕はもうすこし、あとすこし、階段を登ることしかできないのだ。

やりたいことと、やったこと。

あくまでも仕事での話だけど。

20代は「アレがやりたい、コレもやりたい。」これで良いと思う。やりたいと思うこと=その人の価値、みたいに人は捉えてくれる。天下取ったる的な。世界一幸せにする的な。

30代は「アレをやりました、コレもやりたいです。」これが良いと思う。何かをやった人だからこそ、未来予測も信頼できる。

40代は「アレをみんなでやりました、コレもチームでやりたいです。」これが良いね。個の力を過信せず、チームマネジメントも必要。

50代は「たいしたことはしてません、みんなのおかげです。」こう言えるようになりたい。

数字が理解できないとまともな経営はできない

残高試算表だとかそこから導いた指標グラフなんかを眺めてても、売上は増えないし取引先も増えないんだけれど、自分たちのやってきた仕事がどういう数字になっているかを理解しないと、過去が正しいのか間違っていたのかこれからどう修正すべきなのかがわからない。勘定合って銭足らず、とならないためにもキャッシュフローは正確におさえておくべきだし、 B/SやP/Lが期中にどう変化しているかを見ていないと、意図しない赤字(や黒字)を出してしまうことだってある。会社はお金のためではないけど、お金が社員を支えているんだから真剣に数字と向き合うべきなんだ。

ウチみたいな小さい会社は「人間力」「計算能力」「戦略能力」を分業できるほど余裕がない。だから一人一人が強くないとやっていけない。でもそんなハイスペックな人材は普通は大手企業にいってしまう。やっぱりウチは教育だ。教育して人を育てていくんだ。教育こそが唯一の生き残り戦略なんだ。